膵臓ガンとの出会い。
2020年3月19日書き始める。
「膵臓に嚢胞性病変、主膵管拡張の疑い」との指摘の人間ドックの検診成績書が3月9日に届いた。膵臓ガンの可能性があると読める。早い方が良いと思い、翌日、武蔵村山病院消化器科を受診。3月17日にMRCP検査を受け、来週24日にCTが予定されている。3月31日に診断結果がわかる。
膵臓ガンは怖いと知っている。ガンの宣告を50年前に受けたのと似ている。もう残りの命はわずかしかない、死ぬことしか選択はないと言われたに近い。容易ならぬ覚悟を迫られた思いがした。検診成績書が届いてから10日が過ぎた。思いを記してみたい。
余命1年と告げられお金儲けを考える人はいないだろう。
人は哲学的になる。
12カ月を分割して考える。
ガンで死ぬなら最後までコミュニケーションは取れるであろう。相手の意思を理解でき、自分の意志も伝えられるであろう。
一つひとつの企画は言わば黒井秋夫の生前葬の様相を呈するだろう。死への階段を登る踊り場ごとに意味があるであろう。
放つ言葉は遺言になるだろう。
私には「おしゃべりカフェ」があり、3千人の読者のホームページがあり、交流館・お茶飲み処がある。150人前後の発信できる多くの人たちがいる。メール120人。パルクメーリングリスト。ひろば300人。ということは500人程度に瞬時に思いを発信できる。孤独ではない。
明日23日は市議会事務局に行く。その後に市議会各派に「交流館・お茶飲み処」の趣旨説明の場の設定を働きかける。会派には予断を持たずに誠心誠意説明しようと思う。そこから新しい局面が開けるかもしれない。後戻りはない。進むだけだ。自治会も寿会も同じだ。働きかけるのみ。押していくのみ。誠心誠意心を伝えたいと思う。
分かってくれる人が必ず出てくると信じたい。
彼らのめざしている心情に近づくことが大事だ。本音、琴線に触れるまで何回でも話を続けよう。
地域に流れを作る。よどんだり、一点で渦を巻くのではなく、幾筋もの流れを造り出すのだ。流れを始めれば人が寄り、集い、色々な化学反応が生ずるだろう。いまから全ては予測できない。しかし、始まればきっと動き出すだろう。生き生きとした何かが見えて来る。人たちの目の色が変わる。噂話ではなく、自分自身の考えを発見する喜びを人たちは感ずるだろう。ある種の人間解放だ。
そういう生き生きした人間たちに会いたい。生き生きと変わっていく人間たちを見たい。彼らの顔は喜びや自信、生きる喜びや充実感に繋がるだろう。
顔を合わせ、語り合い、各人がやるべき何かをお互い同士の言葉の交わし合い、その連続性から化学反応のように生き物が飛び出すだろう。そういう物が作りだされるだろう。この地域が変わっていく。古い住人だけが繋がりを持つのではなく、新参者も新しい繋がりが、新しい輪が用意される。そういう地域が生まれる。そういう作業をしてみたい。
死ぬ時期がある程度予測されるということだ。そういうことだ。漠然としていた死が計算できる未来に見えて来ると言う事に過ぎない。そこまでにどれだけ走り回り、人たちに働きかけを広げ、思いを伝える作業を確率良く進めていくかということだ。全ての人たちが、例外なく思いを伝える対象だ。そこから更に地平を拡大するのだ。
できることなら雪だるま式に!できることは全てやる。日本中に渦巻きを作り出すのだ。大きな渦巻きの台風のように。950ヘクトパスカルをめざせ。全てを引き込め。
同時に人たちへの感謝の心を常に持ちたい。
誠心誠意。自分にも、人たちにも、すべての生きとし生きるものたちにとっても良いことである事。常に相手が第一で、自分は次である事を。
争わず、あくまでも話し合いで。必ずわかってもらえる筋のことだ。
今更、何を争うことがあろうか。或いは欲得があろうか。人たちの笑顔の為に。喜びの為に。ささやかでも幸せの為に。人たちを愛すること。分け隔てをしないこと。まっさらな心で。しかも何事にも臆せず。真正面から。堂々と。100万人のPTSDの兵士と家族の苦悩の最終的な解決をめざそうとする試みなのだ。その英知はここにあるのだ。ここから生まれるのだ。この道から生ずるのだ。日本最初で唯一の「交流館・お茶飲み処」であり、そういう活動なのだ。
3月31日(火)武蔵村山病院で診断結果を妻さち子の同席で聞いた。
「心配する状態ではない」という医師の診断だった。MRCP検査、CT検査の画像説明も受けた。
画像には嚢胞とみられる楕円状の幾つかの塊りが映っている。どうしてできたのか?と聞いたら「分からない。黒子ほくろのできる原因が不明なのと同じこと」という医師の答え。こういう事例は多いのか、の質問には「たくさんいる」とのこと。1年後の再検査を最後に言われた。
私は2カ月ごとに糖尿病の診察がある。3カ月ごとに前立腺ガンのPSAの検査がある。6カ月後に心房頻拍の診察がある。1年後ということはそれらよりも危険率が低いということなのだろう。
7割方「膵臓ガン」の宣告を覚悟していたので、正直張り詰めていた空気が抜けた。
人間ドックの再検査の通告があってから3週間、ネット検索ですい臓がんの5年間生存率9.9%からして3年以内の死を覚悟し、やるべきことを組み立てていた。それらの作業はご破算になった。生き延びたらしい。
しかし、勿論無駄ではなかった。少しだけ仏(ほとけ)の心に近づいたような気がする。
時に鼻歌を口ずさみ朗らかに毎日を送ってくれた妻さち子に心から感謝する。
本当にありがとう。これからもよろしくお願いいたします。
2020年4月1日。